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トルコを旅して

トルコを旅してiwako-091001

コンスタンチンノーブルを攻落するために、オスマントルコのメフメット二世が1452年にたった二ヶ月で築いたと言うルメーリヒサール要塞の頂にいる。
ヨーロッパの中世史に興味を持ってから、幾度この地に立つことを夢見たことか。
今私は早朝の静寂の中に、ひとり感激して立ち尽くしている。眼下のボスポラス海峡からの風が快い、さらに目を転ずれば、左手に二ヶ月前に完成したばかりの第二ボスポラ橋が、アジア側とヨーロッパ側に架かっている。
この橋は日本企業の手によって完成した全長1900メートル、世界代六位の橋である。しかも三年の工期を半年も短縮したと言うことで、もともと親日国であるトルコでの、日本に対する信頼をますます高めているようだ。

私が行く先々で受けた好意も、あながちこの事と無関係ではないよぅな気がする。現にトルコの人達は日本のことを良く知っていて若い人達から質問を浴びせかけられたりました。自国の近代化、国家建設の目標にしていると言う。それに比べ日本人はトルコに関して、特にその世界史に於いて演じた重大な役割について、殆ど知らないような気がする。「トルコ風呂」などという本国にもないような代物を普及させたりしているが… それにしても、何千年の遺跡を見続けている人々の何と力強いことか。一度は世界に肩を並べる国のない大帝国にまで成長し、その後長い興亡をくりかえしながら、なお堂々としている。しかも貧しさに不平をもたないような心優しさで生きている。数々の遺跡にも増して、そこにすむ人間の偉大さに感動した旅だった。

このルメーリヒサルと超近代的な第二ボスポラス橋のように、トルコは古いものと新しいものが渾然一体となつた歴史の宝庫であり、フアンタスティックな国である。
初めて鉄器による文明を花開かせたヒッタイト王国、ノアのはこ舟伝説を持つアララツト山、「イーリアス」で知られるトロイの遺跡、世界七不思議の一つと言われたアルテミス神殿跡と豊饒の女神アルテミス像、そうしてクレオパトラが歩いたドラマチックなエフェンスの古代都市などなど…私が歩いた所だけをあげても数え切れないほどだ。
このように、五千年を越す歴史のあとがそのまま残る国なのだから、私の好きな中世ヨーロッパなんてほんの一瞬に過ぎないと思えてくる。
toruko-02 「今日出来ることを明日に延ばすな」とは日本の金言葉であるが、トルコには「明日出来ることを今日するな」とい言う諺があるそうだ。このことばの差を理解するにわ、トルコの風土や歴史を熟知しなければならないのだろうが、一ヶ月間の旅で漠然と分かりかけたような気がしている。

荒涼たる土地で羊を追って暮らしている遊牧民。少しばかりの畑に水をかけて野菜をつくる農夫。アナトリア高原はゆるやかに起伏を繰り返し、見渡す限り色付いた小麦と、ひまわりの畑が広がり、たつた一本の舗装道路が延々と続いている。そこをドイツ製の乗用車やバスが猛スピードで走りさる。その後にロバに跨った少年があんずの籠を抱えて通りすぎる。馬車の荷台で明るい笑い声を響かせながら村娘たちがやって来る。この土地で採れるそば粉とトマトが日本に輸出されていると聞いて、私はわけもなく愉快な気分になって来た。
それにしても、何千年の遺跡を見続けて生活している人々の何と力強よいことか。一度は世界に肩を並べる国のない大帝国にまで成長し、その後長い興亡をくりかえしながら、なお営々としている。しかも貧しさに不平をもたないような心優しさで生きている。数々の遺跡にも増して、人間のの偉大さに感動した旅だった。

二度と逢うことわないだろう多くの人達との出会いを思い出して、いつか時の経つのも忘れていた。

赤嶺岩子 設計同人GAN

■写真上 カッパドキア地区一帯は、凝灰岩の岩山が多い。初期キリスト教の修道士はここに岩窟を掘り、僧院や礼拝堂をつくって住んだ。今日その遺跡が累々と残り、ユニークな景観とあいまって不思議な魅力を放っている。

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■写真 右上、左上 ボスポラス海峡は古い時代に谷間が沈降してできたもの、平均水深は50mたらず、 幅は平均1200m、イスタンブールから少し東にいった所では600mしかない。海峡をまたぐ近代的な橋はボスポラス海峡橋、ヨーロッパとアジアの二元的な性格をもつトルコの姿を象徴している。

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